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仙台高等裁判所 昭和28年(ネ)391号 判決

控訴人 中野昌寿

被控訴人 小松周平 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の予備的請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は本訴につき「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、反訴につき「被控訴人小松周平は控訴人に対し福島県東白川郡宮本村大字山上字山口六五番の一九山林一〇町歩につき昭和一〇年五月二日福島地方法務局竹貫出張所受附第四一四号でした売買による所有権取得登記、被控訴人野崎マサヨは控訴人に対し右山林につき昭和二三年九月二八日右出張所受付第一三五号でした売買による共有権二分の一の取得登記の各抹消登記手続を履行すべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、予備的請求として「前記山林のうち別紙図面赤色の部分に生立する杉立木が控訴人の所有であることを確認する。」との判決を求めた。被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、予備的請求につき請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、

被控訴代理人が、

一、控訴人が訴外大竹一に対し残代金を支払わないため売買契約を解除されたのは大正一五年末ころである。

二、控訴人主張の後記二、の事実を否認する。

三、仮に控訴人の植栽した杉立木が現存するとしても、民法第二四二条ただし書により保護されるものではないし、民法第一七七条によつて被控訴人らに対抗し得ない。

四、原判決五枚目表二行目の一乃至一七とあるのは一乃至一一の誤記であるから訂正する。

五、当審での検証の結果、当審証人矢内政五郎、矢内種雄、小松友之、阿部喜重の各証言を援用し、乙第三一号証の成立を認める。

と述べ、

控訴代理人が、

一、被控訴人ら主張の右一、の事実を否認する。

二、別紙図面表示の赤色部分に生立する杉立木(控訴人が昭和二五年伐採したものを含む。)は控訴人が権原によつて植栽したものであつて、控訴人の所有である。そして控訴人はその所有権を被控訴人らにはもちろん、訴外塩田ツメその他何人にも譲渡した事実はないのであるから、たとい被控訴人らが地盤の所有権を取得したとしても、地上立木の所有権を取得するはずはない。そして、物権変動に関する対抗要件の問題は、二重譲渡の場合のように、権利の主張者とこれを主張される者との間に相容れない権利の牴触ある場合に生ずるのであるが、本件立木は終始控訴人の所有に属し、大竹、塩田、被控訴人らは、その所有権を取得したことがないのであるから、控訴人と被控訴人らとの間に権利の牴触はなく、被控訴人らは、いわゆる第三者に該当しないものである。

三、乙第三一号証を提出し、当審での検証及び鑑定人小野上虔一の鑑定の各結果、当審証人矢内平蔵、岡部六郎、岡部義郎、矢内厚松、大竹三二、矢内種雄、阿部喜重、矢内政五郎の各証言をそれぞれ援用する。

と述べたほか、原判決摘示のそれと同じであるから、これを引用する。

理由

本件における当事者間に争のない事実及び係争山林の所有権の帰属に関する事実の確定については、当裁判所も原審のそれと同じであるから、原判決の理由第一の一、二を引用する。なお控訴人が当審で援用した証拠でも前叙認定を左右するに足りない。

よつて本件山林の所有権確認を求める被控訴人らの請求は正当であるが、自己に所有権あることを前提として、被控訴人らの所有権取得登記の抹消を求める控訴人の反訴請求は失当である。

次に別紙図面中赤色表示の部分に生立する杉立木(控訴人が昭和二五年一一月中伐採した一六八本を含む、以下本件杉立木と略称する)の所有権の帰属について案ずるに、控訴人が大正一三年二月、四月の二回に大竹一から本件係争山林を代金三、五〇〇円で買受け、うち金二、三〇〇円(控訴人は金二、四五〇円と主張するが)を支払い、大正一四年から大正一五年に亘り若干の杉苗を植え付けたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第五号証、乙第四号証、第一八号証の二、原審での第一回控訴本人尋問の結果でその成立を認める乙第一七号証、原審及び当審証人矢内平蔵(原審は第一、二回)矢内厚松、矢内政五郎の各証言、原審及び当審での検証、当審鑑定人小野上虔一の鑑定、原審での控訴人本人尋問の各結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件係争山林を含む字山口六五番の一山林三七町一反三畝歩は大正一一年ころ宮本村消防組頭大竹一が国から払下げを受けて立木を皆伐しいわゆるハダカ山となつたのを部落民に分譲したものであるが、その際控訴人は本件係争山林を大正一三年二月と四月の二回に大竹一から買受け、大正一四年三月一一日その引渡を受け大正一四年から大正一五年春ころまでの間にその大部分の地域に杉苗を植付けたが、本件杉立木以外の杉苗はついに枯死したこと、控訴人が昭和二五年一一月ころ伐採した杉立木一六八本は別紙図面表示赤色の部分に生立していたものであつて、現在なおこの部分には八、六六八本の杉立木が生立すること、控訴人は本件係争山林を大竹一から買受けた後同人からしばしば残代金の支払を請求されたが、その支払をしなかつたので、大竹一は東京大林区署に対する払下代金の支払に困却した結果、これを決済する手段として昭和三年四月一九日ころ訴外塩田栄蔵(塩田ツメ名義)に対し本件係争山林をほゞ残代金に相当する金一、三〇〇円で売渡したものであつて、その売渡代金は時価の三分の一程度に過ぎなかつたこと、これを知つた控訴人は、昭和四年五月大竹を告訴した結果、同年六月ころまでに残代金を支払うなら、山林を控訴人に戻してやろうという話合になつたが、控訴人は、その支払をしなかつたこと、被控訴人小松周平が塩田から買受けた代金も僅かに金二、七〇〇円であつたこと、以上の各事実が認められる。しかし、大竹一が本件山林を塩田に売渡した際も、また塩田がこれを被控訴人小松に売渡した際も、特に立木を除外する旨の意思表示をしたと認めしめる証拠がない。

以上に認定したように、本件杉立木のうちには控訴人が本件山林を所有していたとき、その所有権に基いて植栽したものもあるのであるから、右杉立木が控訴人の所有に属することはいうまでもない。むしろ、このように立木と、その生立する地盤との所有者が同一人であるときは、立木は地盤の所有権の内容をなすものと解すべきである。しかし、大竹一が、控訴人との本件山林の売買を解除するに及んで、地盤の所有権は大竹に復帰したのであるが、(もし解除が認められないとすれば、塩田が取得登記を経由したときに、地盤は塩田の所有に帰したのである。)控訴人が、権原に基いて植栽した杉立木は、独立して所有権の目的となり得るものであるから、控訴人が、その所有権を失うはずはなく、地盤と立木とは、その所有者を異にするようになつたわけである。このような関係は、他にも起り得ることである。たとえば、土地所有者が、とくに地盤だけを譲渡して、立木の所有権を留保するとか、または、これと反対に地盤を譲渡しないで、立木だけを譲渡したときである。この場合、立木は地盤から離れた独立の存在を取得する。そして譲渡の当事者間においては、譲渡の意思表示だけで、立木所有権の変動の効果を生ずる。本件では、大竹が地盤の所有権を回復したときに、右立木の所有権に変動を生じたことになるのである。以上いずれの場合であつても、立木所有権の変動は、対抗要件を備えるのでなければ、これをもつて第三者に対抗し得ないことはもちろんである。

塩田は、大竹から本件山林を買受けたものであり、しかも右売買にあたつて地上生立の立木を除外したものと認め得ないことは、前示認定のとおりであるから、塩田は、したがつて被控訴人らは、控訴人の右立木所有権の対抗要件の欠けていることを主張するについて、正当な利益を有する第三者に当たるものといわなければならない。

控訴人は、本件立木は終始控訴人の所有に属していたもので、大竹は未だかつてこれを取得したことがなかつたのであるから、大竹がこれを他に売渡すも所有権移転の効果を生ずるに由なく、したがつて対抗要件の問題を生じないと主張する。いま、控訴人の右見解を他の設例に移して考えてみると、甲から地盤だけの所有権の譲渡を受けた乙が、地盤とともに地上立木の所有権を丙に譲り渡しても、乙は、もともと立木について所有権を有していなかつたのであるから、丙は、これを取得するはずがなく、したがつて甲と丙との間には立木の所有権について対抗問題を生する余地はないというのと同理に帰する。そうすると、立木のみを保留した甲は、そのときに立木所有権変動の効果を生じたのにかかわらず、何らの対抗要件を施さなくとも、その所有権を何人にも対抗し得るということになつて、立木だけの所有権については対抗要件が必要であるとする従来の学説、判例に反するのみではなく、いちじるしく、土地取引の安全をそがいする結果を招くことになる。というのは、土地所有権の移転にはとくに除外しない限り、当然にその一内容である地上立木の移転が包含される。もし立木だけについての独立の所有権が、何らの公示方法を施さなくとも、何人にも対抗し得るものとすれば、土地の譲受人は一々立木の所有権の所在を確めなければならないことになるのであるが、公示方法が不必要なためこれを知ることができず、または知ることがいちじるしく困難になつて、土地の取引は至つて不安なものとなりときに土地譲受人に不測の損害を与えることになるからである。このような不都合を除去するために考え出されたのが、立木所有権の公示である。もともと立木は、土地所有権の一内容であるのだから、立木について独立の所有権を主張するものは、公示方法を施して自分の権利を確保するとともに、他人に不測の損害を与えることを防止しなければならない。「控訴人は、立木については地盤と独立した別個の所有権を有するのであるから、その後地盤の所有権が転々しても、控訴人の立木所有権には何らの影響もない。」との控訴人の主張は、地盤の譲渡は、特に反対の意思表示のない限り、当然にその一内容である立本にも及ぶものとする取引の実情に目をおおい、取引の安全を少しも顧慮しないものであつて、到底是認することができない。

そこで、控訴人が、右立木について対抗要件を施したかどうかを検討する。

控訴人は、杉苗植栽後山林の見易い場所二個所に控訴人所有と書いた立札二枚を立てたが、そのうちの一枚は昭和一七~八年ころまで存在したのであるから、少くとも被控訴人小松に対しては、右立木所有権を対抗できると主張し、原審及び当審証人矢内平蔵(原審は第一、二回、たゞし原審第一回及び当審のうち後記措信しない部分を除く。)矢内厚松(原審は第一、二回、たゞし当審のうち後記措信しない部分を除く。)の各証言を総合すると、控訴人は大正一四、五年植林直後、表面には「火の用心、……」と、裏面には「中野昌寿所有」と書いた三寸角の立札二本を、うち一本は道路近くの入口に、他の一本は中央辺に建てて、明認方法を構じたが、入口の立札は二、三年くらいでなくなり、中央辺の立札も昭和七、八年ころなくなつたこと、しかも右立札の文字は、昭和七、八年ころは読み得ないようになつていたこと、が認められる。原審及び当審証人矢内平蔵(原審は第一回)、当審証人矢内厚松、岡部義郎の各証言のうち右認定に反する部分は措信しない。そうすると、控訴人は、塩田から本件山林を買受けて、昭和一〇年五月二日その旨の登記を経た被控訴人小松や、同被控訴人から本件山林の二分の一の持分を取得して、昭和二三年九月二八日その旨の登記を経た被控訴人野崎に対し、本件立木所有権を対抗し得ないものといわなければならないから、控訴人の予備的請求も理由がない。

次に被控訴人らの損害賠償の請求は、原判決と同じ理由で、原判決認定の限度で正当と認めるから、原判決理由第一の四を引用する。

そうすると、原判決は相当であるから、本件控訴は民訴法第三八四条によつてこれを棄却すべく控訴人の予備請求もまた失当であるから、これを棄却すべく控訴費用の負担につき同法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 檀崎喜作 沼尻芳孝)

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